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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1358号 判決

控訴人 城南信用金庫

被控訴人 斎藤鉄工株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金五十万円およびこれに対する昭和三十二年四月十六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

一、控訴代理人において「控訴人は昭和三十一年十二月二十六日訴外金山保に対し金百万円を弁済期昭和三十二年四月十五日の約で貸付け、その担保として金山から本件約束手形の裏書譲渡を受けたものであつて、右裏書は取立委任のためのものではない。金山保の裏書欄に『取立委任候ニ付』とあるのは控訴人金庫の係員が誤つて記入したに過ぎない。なお本件手形は満期の翌日である昭和三十二年四月十六日控訴人に返戻されたので、控訴人は支払拒絶証書作成期間経過前である同日裏書人金山保の諒解を得て右『取立委任候ニ付』の記載を抹消した。」

二、被控訴代理人において、「控訴人の右主張事実は知らない。仮りに本件手形の裏書が取立委任の裏書でなかつたにしても、裏書欄に取立委任の文言のある以上、被控訴人は裏書人金山保に対する人的抗弁をもつて控訴人に対抗することができる。本件手形が満期に呈示されその支払が拒絶せられた後に取立委任の記載が抹消されたにしても、支払拒絶証書の作成義務が免除されている本件手形については、支払拒絶証書作成後の裏書と同一にみるべきである。」

と各陳述したほか、原判決事実摘示と同じであるから、ここにこれを引用する。

証拠関係については、控訴代理人において新に甲第六ないし第十号証を提出し、当審証人鈴木清君の証言、当審における被控訴会社代表者斎藤徳吉尋問の結果を援用し、被控訴代理人において、被控訴会社代表者斎藤徳吉尋問の結果を援用し、甲第六号証、同第八、九号証の成立を認め、同第七号証、同第十号証は不知、甲第六号証を援用すると述べたほか、原判決の証拠関係欄記載と同じであるから、これを引用する。

理由

被控訴人が、昭和三十一年十二月二十日訴外金山製作所こと金山保を受取人として、金額五十万円、満期昭和三十二年四月十五日、振出地および支払地東京都大田区、支払場所株式会社三菱銀行池上支店なる約束手形一通を振出し、控訴人が右金山保の裏書(その裏書が取立委任のためのものかどうかは別として)により右手形の所持人となり、満期に支払要求のため支払場所に呈示したが支払を拒絶せられたことは、当事者間に争がない。

そこでまず、金山保から控訴人に対する右裏書が取立委任のための裏書であつたか否かについて考えるに、成立に争のない甲第一号証の一、二、第六号証、乙第三号証、当審証人鈴木清君の証言によつて成立を認め得る甲第四号証および同第七号証、原審証人小高登、同粕谷暠、同神保武男、原審および当審証人鈴木清君の各証言を綜合すると次の事実が認められる。

一、控訴人は昭和三十一年十二月二十六日前記金山保に対し金百万円を弁済期昭和三十二年四月十五日、利息日歩三銭二厘の約定で貸付け、この貸金の弁済を担保するため本件手形ほか一通の約束手形(控訴人の振出にかゝる金額五十万円、満期昭和三十二年三月三十一日、その他の要件本件手形と同様のもの-乙第三号証)を金山から受取り、この手形金を控訴人において取立てて右貸金の弁済にあて得ることゝしたのであるが、金山の控訴人に対する右各手形の裏書は、いずれも控訴人の従来からの取扱例にならい「取立委任候ニ付」なる文言を附したものであつて、控訴人は、かゝる文言の附された被裏書人として右各手形をその満期に支払要求のため支払場所に呈示したものである。

二、ところで右本件外の右手形、すなわち昭和三十二年三月三十一日を満期とする手形は首尾よく落ちたけれども、本件手形は不渡となつて満期の翌日か翌々日である昭和三十二年四月十六日、七日頃控訴人の手許に戻つてきたのであるが、その後控訴人は「取立委任候ニ付」の文言が振出人に対する本件手形金の請求に障害となることを慮り右の文言部分を抹消した。

以上の事実が認められる。以上の認定に徴すると、金山保の控訴人に対する本件手形の裏書は、その経済上の目的が控訴人においてこの手形金を取立て取得しこれを金山に対する前記貸金の弁済にあてることにあつたにしても、法律上では当初から控訴人の取扱例に従い、取立委任のための裏書という形を選んだものであつて、控訴人は取立委任の被裏書人として本件手形を所持しこれを満期に呈示したものと認めざるを得ない。もつとも本件手形が不渡となつて控訴人の手に戻つてから後に控訴人において金山保の裏書欄の取立委任文言を抹消したことは前認定のとおりであるが、右の抹消が昭和三十二年四月十六日、七日頃裏書人金山保の諒解の下に行はれたことについては、前記証人鈴木清君の原審および当審における証言によるもこれを確認するに十分でなく、その他に右の事実を認めるに足る証拠はない。のみならず仮りに右の抹消が控訴人主張の頃に裏書人金山保の意思にもとずいて適法に行はれたものとしても、これによつて満期前の取立委任裏書がさかのぼつて普通の譲渡裏書に変るわけのものではなく、せいぜい取立委任の文言が抹消された時に通常の譲渡裏書がなされたと同じ効力を生ずるに過ぎないものと解すべきである。而して前記甲第一号証の一、二によると、本件手形にはその満期に当る昭和三十二年四月十五日附で、受取人金山保の契約不履行のため支払に応じられない旨の附箋がついており、また裏書人金山保の裏書について支払拒絶証書の作成義務を免除する旨の記載のあることが認められるのであつて、かゝる場合には仮令取立委任文言の抹消が支払拒絶後、支払拒絶証書作成期間経過前になされたにしても支払拒絶証書作成後の裏書と同様にみるのを相当とするのみならず、少くとも控訴人において何らかの人的抗弁の存する手形であることを知つてから後に取立委任文言を抹消したものと認めざるを得ない。したがつて被控訴人は控訴人が取立委任の被裏書人である場合はもちろんのこと、仮りに控訴人主張のように取立委任文言を抹消することによつて通常の譲渡裏書の被裏書人となつたものとしても金山保に対する人的抗弁をもつて控訴人に対抗し得るものといはなければならない。

なお被控訴人は本件における控訴人の当事者適格を云々するけれども、手形の取立委任裏書による被裏書人といえども自ら訴訟の当事者として手形上の権利を行使し得るものと解すべきことは原判決の説示するとおりであつて、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。

よつて進んで被控訴人主張の人的抗弁の当否について考察する。

前掲甲第一号証の一、乙第三号証、前掲証人鈴木清君、原審証人金山保之こと金山保(金山保之が金山保の別名に外ならないことは同証人の証言と本件弁論の全趣旨からみて明らかである)、同染谷忠夫、同伊藤穰一の各証言、原審および当審における被控訴会社代表者斎藤徳吉尋問の結果ならびに右証人金山保および被控訴会社代表者本人尋問の結果により成立を認め得る乙第二号証、第四号証、第五号証、第七、八号証を綜合すると次の事実が認められる。

一、被控訴人は自己の事業資金を入手するため昭和三十一年十二月二十日頃、当時金融機関に手形割引の枠をもつていると自任していた前記金山製作所こと金山保にあて(1) 本件約束手形(甲第一号証の一)および(2) 前記金額五十万円、満期昭和三十二年三月三十一日の約束手形(乙第三号証)のほか(3) 振出日を昭和三十一年十二月三十一日、満期を昭和三十二年三月二十五日、その他の要件を本件手形と同様とする金額五十万円の約束手形(乙第二号証)、(4) 振出日を昭和三十一年十二月二十五日、満期を昭和三十二年四月五日、その他の要件を右同様とする金額五十万円の約束手形(乙第四号証)、合計四通を振出し、金山に対しその割引方を依頼したのであるが、その際金山との間に、右(1) (2) の手形割引によつて得た金員は被控訴人において使用し、右(3) (4) の手形割引によつて得た金員は金山において使用し得ること、たゞし金山は右(3) (4) の各手形の満期前に手形金額に相当する現金を被控訴人の許に持参するか、もしくは同額の金員を手形の支払場所である株式会社三菱銀行池上支店における被控訴人の預金口座に振込むべきことを約した。そしてその頃金山は被控訴人に対する右手形の割引金交付の方法として予め先日附で(昭和三十一年十二月二十六日附、乙第五号証)、控訴人金庫矢口支店を支払人とする金額九十二万七千二百円の小切手を自ら振出して被控訴人に渡した。

二、そこで金山保は前記のように右(1) (2) の手形を担保として控訴人から金百万円を借受けたほか、(3) の手形を訴外鈴木巖に、(4) の手形を訴外芝信用金庫に各裏書譲渡して金融を得たのであるが、被控訴人に対しては、「右手形による融資金のうち被控訴人に交付すべき分は現金で渡すから前記金額九十二万七千二百円の小切手を支払人に呈示しないように」との旨を申入れ、昭和三十一年十二月二十八日金五十四万円、同年十二月三十一日金十六万円合計金七十万円を被控訴人に交付した。しかし、前記金額五十万円の約束手形二通合計金額百万円から割引料約五万円を控除して残額約九十五万円を右手形の割引金として被控訴人に交付する約旨であつたので、その後金山は残額二十五万円支払のため、先日附で(昭和三十二年四月二十二日附-乙第七号証)、訴外芝信用金庫西小山支店を支払人とする金額二十五万円の小切手を振出して被控訴人に交付したが、この小切手は同年四月二十三日支払人に呈示せられたけれども「解約後のため」という理由で不渡となつた。なお金山は同人において支払資金を調達しなければならない前記約束手形二通のうち一通分金五十万円だけは被控訴人に提供しその責を果したが、他の一通分の金五十万円についてはこれが支払資金を提供せず、被控訴人の負担において決済されたので、金山は昭和三十二年四月初旬頃、同年四月十五日を満期とする本件手形の決済資金は同人において支弁することを約し、その支払のため先日附で(昭和三十二年四月十五日附、乙第八号証)、前記芝信用金庫西小山支店を支払人とする金額五十万円の小切手を振出して被控訴人に交付しこの小切手は同年四月十六日支払人に呈示されたけれども、これまた前同様の理由で不渡となつた。以上不渡となつた各小切手にはいずれも小切手面に呈示の日を表示し日附を附した支払人の支払拒絶宣言が記載されている。

三、結局被控訴人はその振出にかゝる前記約束手形四通のうち本件手形以外の三通については各その満期に手形金を支払い、合計金百五十万円を支出したが、これに対し被控訴人の取得した分は、前記現金七十万円と金山からの手形決済資金として入金五十万円合計百二十万円と前掲不渡小切手二通(額面合計七十五万円)である。

以上の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、本件手形は被控訴人と金山保との当初の申合せでは被控訴人自らの資金で決済すべき分に当ることは前段認定のとおりであるが、これはいうまでもなく金山において前記手形によつて得た融資金のうち被控訴人に渡すべき分を渡し、かつ金山の責任において決済すべき手形につきその責を果すことを前提としての申合せであつて、前段認定のように金山から被控訴人に手形割引金として交付しなければならない分がなお金二十数万円未払のまゝであるほか、同人において決済資金を提供すべき分の金額五十万円の手形について同人から入金がないためそれが被控訴人の資金で決済されたため本件手形の支払資金を金山において支弁することを約した本件の場合、被控訴人は少くとも金山に対する関係においては本件手形金の支払を拒み得るものと解するのを相当とする。被控訴人が金山に対する抗弁をもつて控訴人に対抗し得ることは前に説明したところであつて、控訴人の本訴請求は爾余の点についての判断をまつまでもなく理由がないものといはざるを得ない。

よつて以上と結論を同じくする原判決は相当で本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 小池二八 安岡満彦)

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